Edit your comment 3169【愛しき人】その後。のその後。3 閉じている瞼がまぶしい。 歌が聞こえる。甲高い笑い声が脳に刺さる。 腕をかざして目を開けようとしたが、重い。 誰かに触られている、気がした。 あの日の視線の忌まわしさが浮かんでは消える。 不快な倦怠感と無気力に包まれて、再び眠った。 教員試験に合格して採用内定も見通しが立った。用務員の仕事も終わる。 だが、柔道部の練習はない。部員が来なくなった。 よそよそしくなった教員たち。日毎に会話は減った。 食材を買いに店に行くと、野菜売り場の前で籠を手にした婦人が自分を見ながら立ち話をしている。口に手を当て眉間に皺を寄せて。トマトを取ろうとすると女たちは足早に去った。肉を籠に入れた。隣にいた人は振り返って身をそらした。帰り道、部員の親とすれ違うけれど目を伏せて挨拶も帰ってこない。 紙を手にして教頭先生の前で立ち尽くしていた。書かれていることを話しているのだが、意味が分からない。聞き返すことはしなかった。たばこの煙が口から真っすぐ吐き出され、窓からの陽ざしに白く光ったように見えた。灰皿に人差し指で煙草を叩き、灰を落とす。口は動いているが、聞こえない。 学業はさておき、槍投げで推薦入学した。線が細い体格も一年で鍛え上げた。四年になって大学選手権の出場権は得たが予選通過はできなかった。煮え切らない日々は寮生活にあった。その日、練習はなかった。洗濯物を下げて洗い場に行くと触りあい抱き合う二人を見た。出払って部員がいない部屋に二人はこもった。身を潜めてその様子をうかがった。“あの日、襖の向こうから聞こえた声だった” 大学卒業後の進路を決めなければならない。実家に戻ると中学校の体育教師になれと夫に目配せしながら母親が言う。ソファに寝そべり野球中継を見ながら息子のことなど気にも留めない父親は議会議員を務める土建会社の社長と懇意だった。 「PTAからこうした意見書が来るのは、学校としては、問題のある君を・・・」 柔道部員に慕われ充実した日を送っていた。臨時職員の身分や用務員との兼務から解放される日が来ると伝えられていた矢先、悪意に満ちた男色の流布があった。マッチで火を付ける。燃え残った神の黒い灰は風に乗って飛散した。 3169【愛しき人】その後。のその後。4 Bar龍のマスターが目の前にいた。 「おきたか」 答えられなかった。 「きょうで、終われ。な。」 台所でスープを作っている。湯気が立つ。取っ手の付いた大きなカップにいれて、布団の上で胡坐をかいてる自分のところに持ってきた。 マチを出て、電車に乗った。とりあえずのホテルを転々として、その先どうしたのか思い出せない。出したくなかった。荒んだ。 居酒屋で酒を飲み、見知らぬ男たちと泥酔を繰り返す。腕には針の跡。夜通しでも飲めたし、女も男も傍にいた。どこかは知らない場所で唇を重ね、肌を合わせ、口に含まれて、そして挿入したし挿入もされた。行きずりの漢が体に纏わりつく。全部を拒否する気力はなかった。ポケットには620円。店の外に放り出された。 「風邪だと思うが、その熱。あんた、保険証ないだろ。」 答えられなかった。無理やり浴室で洗われ、龍の服を着て診察を受けた。針の痕はバレなかった。龍は自分の過去を見ているように、疲れ切って布団の中にいる男を見つめた。 「新入りなのね」 半端に長い髪を後ろで束ねた格好が侍みたいだと、客に受けた。 「目鼻立ちが整った顔に少しこけた頬。髭も似合うの。あたし、タイプだわぁ」 「ねぇ龍、かれ、名前なんて言うの」 「ああ、名前、決め手なかったな。何がいい」 「龍と言えば・・・龍神っていうから、ジン。ここBarだし、ジンは酒だし」 半年が過ぎた。 SECRET SendDelete