Edit your comment 3169【愛しき人】その後。 数日続いた雨のせいで湿った空気の中を農作業の身支度を整えて畑へと向かう。裏山の雑木が風に揺れ、なかったはずの沢の水を跨いで渡るときに、ふと思いがよぎった。「今日で終わりにしよう、実家に帰る」と言おうとしたときに先輩の口をついたのは「上司と新しい支店に行く。今日を大切にしよう」だった。言うにしても言われるにしても、自分の気持ちは淀んだままになった。実家に戻ったが、親族から半ば強引に祝言を挙げた結果、暮らしの歪は消えず長くは続かなかった。一人暮らしとなった今、虚しさが残った。 雨脚が強すぎて農作業を切り上げて戻ると、家は、いや周辺は変わり果てていた。 全てをなくして半年、思いがけないことがあった。「柔道をしていると聞いた。うちの中学校で指導してもらえないか」付け足すように、「不本意かもしれないが、用務員が事情で辞めてしまったので、そのかわりと言っては何だけど・・・」教頭の誘いに頭を下げた。見違えるような充実ぶりで少し緩んだ体と精神を鍛え直した。村を離れて、学校の近くに住むようになり、坊主頭の生徒と家路につくことが日課となった。郵便受けには手紙があった。 「あの日以来だな。突然で驚いただろう。こちらは忙しいけれど仕事も軌道に乗って充実している。家庭は当分持てそうにない、いや、持たないかも。新聞で災害にあったと知り、何か協力できないかと考えていて、教師をしている先輩に相談しました。新しい学校と柔道部顧問の仕事は気に入ってもらえただろうか。来週、仕事で近くの営業所に行くことになった。急で申し訳ないけれど、できれば泊めてもらえると嬉しい。」折り目のとおりに手紙を折り返して封筒に仕舞う手が震える。雨ではない雫がインクの文字を滲ませた。 *3176【色白マッチョ】遅ればせながら駄文を。 SECRET SendDelete